第1話「終末」

本編
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かつて温もりがあった建物の多くは、今は冷たく崩れ去った。

前はその現状に悲しみを感じてはいたけれど、今はもう感情が湧かなくなってしまった。そうなるくらいには取り立てて違いがない景色だ。目前の建物(だったもの)をぼんやり眺める。建物のほとんどは瓦礫と化している。よくある事だった。

瓦礫の中は苦労の割には得られるものがない、ということはもう経験した。運良く崩壊を回避した建物の内部に入るが、こちらもガラスの破片や壊れた家具で埋もれていて、速やかに探索を諦めた。 少し焦りを感じている。手持ちの食料は尽きかけているし、水も必要だが、当てがない。

道路へと出る、断層や雪崩た瓦礫があり、歩きにくい。先ほどから回ってきたエリアとは逆へ、歩を進める。

適当に周辺を歩き回り、なんとか一軒よろず屋の様なものを見つけた。

建物は半壊状態だ、けれど辛うじてよろず屋部分の一階は残っている。

歪んでいるドアを壊し、内部に侵入する。

建物の中に入れば、途端にカビのような匂いが鼻を刺す。めぼしいものは無いかもしれない、と不安が湧く。

店内はダンボール箱が大量に積まれていて、窮屈だ。そのほとんどは開けられていて空っぽだった。生き残った人間が軒並み取っていったのかもしれない。片っ端から確認し、なんとか幾つか中身のある箱を見つけた。

ラッキーだ、と思った。

この店は生鮮食料品ではなく、缶詰や袋詰めの保存のきく食品を主に販売していたようだった。徐々に環境が悪化していたから、こういう長期保存用の物を多く仕入れていたのかもしれない。けれどここ一年、戦争が激化してまともに仕入れが出来ない店も多かったと記憶している。そんな状況の中でこれだけストックのある(ほとんどは持っていかれているが)店にありつけるのは幸運に他ならない。

旅もいつまで続くか分からない、食料は長く多くある方が良い。

実を言うと保存食品にこだわる理由はこれだけじゃない。以前食料品店で見つけた生鮮食料品を試しに食べてみた時、当然の結果とでも言うべきか、腹を壊した。

医者もいない、薬もない、そんな状況の今、体調不良は命取りだ。

箱ごと持っていきたい(ダンボールも役に立つ)けれどもかさばるので止めておく。中からトマト缶や栄養ブロックの箱などいくつか食料を回収し、リュックに詰められるだけ詰めた。

もう入らないので残りは(本当は全て持っていきたいが)後にまた別の人間が訪れた時のために残しておくという建前で自分を宥め、この場所を立ち去った。

水がないのもあり、もうこのエリアに来ることはないと判断する。振り返り一瞥したのち、先の旅路へと足を進めた。

先程のエリアを離れて数時間、噴水のある広場へと辿り着く(けれども水は一滴もなかった)、その佇まいや街の雰囲気から、高級住宅地だったのかもしれないと推測する。

無惨に壊れ果てている、そんな状況でも高級さが伝わる白基調の上品な作りで、自分が昔住んでいた地域とは雲泥の差だった。全く縁がなかったから興味深い。

裕福な人々がどんな豪奢な生活をしていたのか想像もつかない、それでも壊れる時は皆平等に壊れるらしい。人間は平等なんて信じていないが、それを言う人々はこういうことを指していたのかもしれない、と思う。

そんなことよりも大事なことがあった。

気付けば日が暮れかけている、まだ今夜の寝床を確保していない。急いで噴水エリアから出て、住宅街の方へ向かった。

暫く探してみたが、瓦礫や崩れた家しかなかった。すっかり日も落ち、これ以上行動するのは危険だ。仕方ない、と腹を括り、崩れた建物の丁度屋根のようになっている瓦礫の下で夜を越すことにする。栄養ブロックの一部をもそもそと食べ、残り少ない水を大事に飲み、夕食を済ませた。

寝袋をリュックから取り外し、中身を広げる。ついでにリュックから古くなった本を取り出し、寝床に潜り込んだ。

そのタイミングで突然周囲が明るくなり、思わず空襲でもあったのかと思い飛び上がる。その拍子に頭を屋根に勢いよくぶつけ、痛みに悶えながら(加えて涙まで出てきた…)外の様子を慎重に窺う。

どうやら街灯が点灯した様子だった。ほっと胸を撫で下ろし、驚かせんなよ、と誰に言うでもなく言う。ほとんどの街灯は壊れていたが、残っていたものもあった。こんな状況でも街灯を灯せる予備の電力があるということを知り、高級さを再確認する。

寝ようとしていたが今ので覚めてしまった、加えてめちゃくちゃ眩しい。再度寝袋に潜り込み、恨めしく煌々と輝く周囲を眺めた。

この明るさなら、と本を読むことに決めた。

もう何度も読んだものだけれど、また初めからページをめくる。お馴染みの展開をぼんやり読んでいくうちに眠気が戻ってきた。

案外人の適応力は高いのかもしれない……と思いつつ目を瞑った。

いつの間にか寝ていた、目が覚めた時、辺りは真っ暗だった。電灯は規定の時間で消灯するらしい。

夜更けに目が覚めるのはよくある事だった。

不安か精神的な疲れか、ここ数ヶ月ずっと眠りが浅い。“あの時”のことを夢に見て飛び起きることもある。

どっぷりと暗い闇に飲み込まれるような恐怖を感じる。冷やされた風が吹き抜けていく。

寒さと心細さで、思わず寝袋を握りしめ顔まで布で覆う。 それでも容赦ない冷たさからは逃れられない。

この世界でひとりぼっちになってしまった。

あの時から。

いつも考えないように奥深くにしまい込んでいても、簡単なきっかけで恐ろしさはまたすきま風みたいに滲み出てくる。

そろそろ一人旅はさみしいかもしれない。そう思った、強く。

next/episode1-2 「邂逅」

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