第4話「はじまり」

本編
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寒い。さむい。

あまりの寒さに思わず目を開けた。顔まで覆っていた寝袋が無い。いや、隣人に持っていかれてるのか。

隣人の天使族は二人分の寝具の温もりに包まれて気持ちよさそうに爆睡している。こんな状況なのに気ままに寝やがって……と思わず言いたくなるほどに寒い。

無理やり起こそうとして、やめた。

まだ出会ってそんなに経ってないし、また昨日みたいに失敗して仲をぎこちなくしたくはない。

これからどうなるのか見当もつかないが、恐らく長い付き合いになるだろうことは想像できる。物資も安定していない上に常に危険と隣り合わせな現状だから、なるべく行動は複数でするべきだと思う、それなら長く不仲でいるより多少我慢してでも良好な関係の方が良い。

それでも寝袋を取り返そうとしたら思った以上に強く握られていたので無理やり剥ぎ取った。奪還したそれに包まると思った以上に温かい。天使族は体温が高いのだろうか?

起こし方を決めかねてそのままにする。

自主的に起床してくるまで暇だ。俺はリーが昨夜寝る前に弄り倒していた機械を取り、眺める。昨日と同じように突起を押し込んでみたけれど、今度は何も起きなかった。壊れてしまったのか(あるいはリーが壊したのか)

この男は機械が好きらしい。

今までの俺の生活では年の近そうな同性の人間がおらず日頃関わるのも祖母と妹、あとは世話を焼いてくれていたお姉さんで。だから男友達というものに憧れがあった。

特に機械とか妹はなかなか興味を示さなかったのでこうやって共通の話題で盛り上がれるのは新鮮な経験だ。

ごそごそと布擦れの音が横からした。隣人は温もりが持っていかれて温度が下がったからか意識が覚醒し始めたらしい。

「さむっ………ああ、起きてたんだ。おはよう」

おはよう、と返す。

俺はリュックから携帯コンロを取り出し、湯の準備をする。リーは水を飲みながら辺りの様子を見ている。

「良い天気だね、今日はどうする?」

「先に朝食を済ませてから行動しよう」

返答しながら、リーは寝起きは声が低いんだな、と思う。日中は明るく高めのトーンで話すから意外だ。

リュックから取り出したインスタント麺のカップを二人分置く。それらに慎重に湯を注ぎ、フタをした。

「セナ、これは何?」

「これはインスタント麺。天使族には無いの?」

「無かったよ。今初めて見た」

どうなってるんだろう?これ。そういいながらリーはまじまじとインスタント麺のカップを見ている。

「俺もよくは知らないけど、科学的な何かの技術で作ってるらしい」

「へぇ、やっぱり人間は天使族よりも科学が発展しているんだね」

片や特別な技術を生まれつき扱う種族と、片やその差を埋めるために技術を得た種族。

なんとなく、昔読んだ本の文章を思い出していた。

けれど俺は人間だけど、人間が得てきた技術に関してはほとんど知らない。全く恩恵を受けていない、とは言えないが、今一身近なものとして感じられていなかった。

人間には技術があると言うのならとうの昔に戦争を終わらせられたのではないのだろうか。

そんな簡単なことでは無いから今の今まで争い続けてきたのだろうが、世界のことをよく知らない俺は簡単にそんな疑問を持ってしまう。

「あのさ、セナ。これいい匂いするけど、これまだ食べちゃダメかな?」

一人考え込んでいれば、そんなことお構いなし、と言った感じでリーが話しかけてきた。

「3分で出来るから………もうそろそろか?時間を測っていないからよく分からないが……」

「でも食べ物ならどんな状態でも食べられるだろう?」

どんな状態でも良いという訳ではないものもあるぞ、小麦とか、肉とか。そう返したがリーはちゃんと聞いていたか不明だ。いそいそとフォークを取り出し、麺を食べ始めていた。

新しく知ったことがある、リーは食べることが好きそうだ、ということに。

「今日は上手くできてるな」

「今日は?」

「いつも時間を測っていないから出来にばらつきがあるんだ。今日はリーと話していたから丁度いい時間で出来たのかもしれない」

「それは良いね。僕もセナがいる方が有利だと思ったよ、今朝。」

朝は冷えるけど今日は温かかったし。

「それは俺の寝袋を奪い取っていたからじゃないか?」

「ごめんごめん、思わず。あ、じゃあさ今日から寝袋も共有する?」

保留で。そう答える。共有にしたら今度は寝袋から追い出されるのでは、と思った。リーは寝相悪そうだ。

そんなこんなで話していればお互い食べ終わった。慎重に少ない水で什器を洗う。いつ手に入るか分からない物だ、なるべく何度も使いたい。

「このカップはどうする?」

「それも洗って取っておく。使える場面が結構あるんだ」

「ああ、なるほど。けれど毎回そうしていたら荷物がかさばるだろう?」

「インスタント麺自体、あんまり食べないからなぁ……貴重だし。まあ今日みたいな日とかに食べる」

なるほど。そうリーは答える。俺なりに友好の気持ちを表明したつもりだけど通じただろうか?

「そういえばリーは今まで何を食べていたの?」

「セナが最初くれたあれに似たような物とか、あと道の木に成ってた果物とか、食べれそうなものは色々」

チャレンジャーだな、と驚く。俺は腹を下すのが怖くて道端の木に成ってるやつとかはほんとに何も当てが無くなってからにしよう、そう心に決めていた。

「ああ、そうだ、色々セナからは貰ってばっかりだ。僕からも何か…………」

リーはそう言うと、鞄の中を探り始めた。気にしなくても良い、そう思いつつもリーが何を出してくるのか興味があったのでそのまま待機する。

「あ、これを。僕こういうの全然使わないからさ」

リーは何かの冊子と筆記用具を渡してくる。

「状態が良いから何かに使えると思って取っておいたんだ」

「これは……手帳か。ありがとう。何を書こうかな」

「セナはこういうの得意だろう?そうだ、次の行き先の候補とか、書いてみてよ」

得意そうなイメージを持たれているのか、なるほど。リーのご要望にお応えして、俺は手帳のページに書き込んでいく。一番初めのページは後から必要になると思い空けておいた。

それを見ていたリーに、「やっぱりセナは慎重だなぁ、確かに最後まで生き残りそうなタイプだ」と言われ、リーも別の方向性で生き残りそうなタイプだよ、と返しておいた。

「とりあえずこんな感じか。といってもこれから取れる行動は結構限られてるんだけど」

俺は以下の記述を見せる

・すぐ近くの森を通りその先に行く

・山のある方角とは逆に行く(戻る)

「おお、きちんと書いてる。僕なら森に行く、とか戻る、とかしか書けないよ」

リーは感心したようにメモを見ている。

「うーん、これならどっちもどっちだなぁ。確かに森は危険だけど、かといって来た道を戻っても何も無さそうだしさ」

「そうなんだよな」

「じゃあ、森に行こう」

まじか。いやこの人はそう言うだろうなとは薄々勘づいていたが。

「そうか……まあよく考えれば森で迷っても戻って何も物資が見つからなくても、終わる時は終わるからな」

森に行こう。そう宣言し、俺たちはいそいそと荷造りを始めた。


黙々と無言で歩き続け、かれこれ三時間くらいは経っただろうか。正確な時間は分からないがかなり歩いている。

リーは話しかけてこない、俺も特に語りかけるべき内容が見つからないから話しかけていない。今朝は昨日よりは親しくやり取りをできたが、完全に打ち解けるにはまだ時間がかかりそうだった。

リーは昨日水場を案内してくれた時の様に、やはり一歩先を進みつつたまにこちらが付いてきているか確認のため振り返る。

既に辺りは森の中だ。徐々に増えていく木々が周囲の明るさを落とす。まだ昼だというのに既に暗い。ぞわりと冷気で粟立った、段々と不安を感じ始めている。にもかかわらず、リーはずんずんと進んでいく。本当に任せて大丈夫なんだろうか?

悶々と考えながら付いて行くと突然、ぱきりと枝を踏む音がしたかと思えばリーは立ち止まった。

突然の行動に対応出来ず、俺はリーの翼にぶつかった。

「……ごめん、セナ。迷ったかもしれないんだ」

「……………」

「セナ?」

「………すげぇ」

もふり。そう形容するのが正答だと思えるほど翼はやわらかく、そして温かかった。何かリーが言ったような気がするが、ほとんど聞いていなかった、それよりも翼に気を取られていた。

「もふもふだ……!」

俺は思わず翼をもふもふする。

「セナ?どうした?」

困惑した様子で問いかけるリーの言葉でやっと我に返ることが出来た。

「あのさ、迷ったことだけど………」

「ああ、いいよ。この翼のもふもふ具合が最高だから………!!」

この森の中で果てたとしても、翼をもふる経験をしたから悔いがないかもしれない、とさえ思った。

「おもしろいなぁ、セナは」

リーは面白そうにこちらを見て笑う、以前も微笑むことは何度かあったが、笑い顔を見るのはこれが初めてだった。

ふとその顔の近くで何かがひらりと舞い踊った。リーはそれを掴み取り、 確認している。

「これは?セナ、何か分かる?」

俺は手のひらに載せられたそれを見てはっと気付く。

「これは……もしかして!」

俺は“それ”が来たと思われる方角へ急ぎ足で向かう。足音でリーが付いて来ていることを確認する。

進めば進むほど次第に散る量が増えていく。つられて走るうち、ある時ぱっと森が開けた。

「おお………!これはすごい!」

リーは感嘆の声を上げる。俺はただ何も言えずに“それ”を見上げていた。

舞い散る花弁の主である桜は、ずっしりと黒い幹としっかりとした太い根を大地に張り巡らし、安定した振る舞いで美しく花を咲かせている。

白にやや桃を差した淡い花はいくつも群れを作り、まるで夏の入道雲かのように森の切れ間から見える空を覆っていた。

「リー、これは桜って言うんだ」

「さくら………なるほど、これは花?」

俺はそれに頷き返す。

「白くて、なんだか甘い匂いもするし……ああ、お腹すいてきたな………」

花より団子か!やっぱりな、とは思いつつ俺はリュックから栄養ブロックの箱を取り出した。

「リーは色気より食い気だなぁ……はいこれ。ここで昼を済ませよう」

二人で桜の木の根元に座り込む。

「なぁリー、こういうの花見って言うんだ。昔おばあちゃんと妹と家の近所でした事がある……」

思わず祖母と妹のことを思い出してしまい落ち込む。こればっかりはまだ吹っ切れていなかった。

「へぇ、そうなんだ。……セナ、どうした?」

リーは不思議そうにこちらを見ている。

「いや大丈夫……ちょっと昔を思い出して」

「ああ、昔のことをできるだけ思い出したくない気持ちは分かるよ……そうだ!落ち込んだ時は僕の翼を触ればいいよ、さっきみたいにさ」

気に入ったんだろう?そう言って笑う。リーなりの気付いが身に染みる。お言葉に甘えて、と俺は翼を軽くもふる。

「いいなぁ、天使族は。こんなに気持ちいい翼が触り放題だし」

「そうか………意外だな、僕はこんな翼邪魔だとしか思えなかったから、今まで。」

リーは遠くを見ながら言った。

「邪魔だなんて言うなよ………まあ、動きにくそうなのは分かる、けどさ最高だよこの温もりと柔らかさは!」

「ひとつ言うと天使族はあまり翼を触らないんだ、自分のも他人のもね」

リーは含み笑いをしながら解説する。

「そうなんだ?」

「まあ、髪の毛みたいなものかな。触る人は触るけど、身体の一部だしさ」

「なるほど」

面白そうに笑いながらリーは横になる。

もう既に青空は夏へと変化し始めている。冬の青さに比べれば随分と淡い色に変わっていた。

ひらりひらりと桜が舞い散る。暖かな風が吹き、眠気を誘う。この崩壊した世界で旅を続けてきたが、これほどまでに穏やかになれたことはなかった。

こんな世界でも少しは救いがあるかもしれない、そう思いながら俺は目を閉じた。

next/episode1-5 「これから」

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