第2話 「邂逅」

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冷たく、澄んだ空気が布の隙間を縫って入り込んでくる。

無意識のうちに温もりを逃がさないよう一層深く寝袋に潜り込んでいた。けれども朝の冷気はすばらしく、あっという間に意識を浮上させていく。

あぁ…もっと寝ていたかったのに………

どんよりと重いまぶたを開く、入り込む光はあまりにも眩しく、まどろみの意識は完全に覚醒した。

昨晩屋根に頭を打ち付けた経験からすぐには起き上がらず、這いずるようにして出る。途端に容赦ない冷気に襲われ身震いする。小刻みに震えながら気候に文句を言う。もう春だと言うのになんだこの寒さは。

けれど吐いた息は白には染まらない、まだまだ寒いとはいえ、確実に春は訪れている。

足元で温めておいた外套を取り出して羽織る、ついでに口元までしっかりと覆う。辺りは倒壊した建物と瓦礫しかないので、荷物をまとめ昨日の噴水エリアへと移動した。

噴水そばのベンチに腰掛け、朝食の栄養ブロックをもそもそと食べる。今回のはベリー味らしい。まだそこまで生活が悪くなかった頃、祖母にベリーを食べさせてもらったことがあるような……かなりすっぱくて驚いた記憶がある。けれどこれはほんのり甘い、砂糖を入れているんだろうか。

ここ数年はもう、栄養ブロックでさえも手に入れ難いような環境だった。全てが崩壊した今だから手にできるのだ。

妹にも食べさせてあげたかったな。

これ以上考えると精神的に追い詰められてしまうので後は食事に専念した。

「参ったな………」

食後に水を飲んだ時に気付く、ボトルの水があと数センチほどしか残っていない。最近は運悪く水場にありつけていない上に雨も降らない。故に水が補給出来ないままここまで来てしまった。

水と一緒に暇つぶしに読もうと本を取り出していたが、元に戻す。急遽予定を変更しリュックを背負いベンチから立ち上がる。

とりあえず住宅地の方へ戻ってみようか。昨日は日没も近く、探索はほとんど出来ていなかった。一縷の望みをかけ、瓦礫の山へと向かう。

軽く探索して状況を把握する。

ここら辺は住宅地とはいえ、どちらかというと富裕層の別荘地、という位置付けらしい。ほとんどが倒壊し瓦礫で溢れているが、娯楽のためと思われる施設もあった。

全体的に解放的で、住まいと言うよりは安息目的の建物の様だ。確かに付近は自然が豊かだし、落ち着いている。せわしい央都周辺によく住んでいる富裕層が休暇中に来そうな雰囲気がある。

日々の生活でさえ必死で命も危うい自分達のような貧困層には全く想像もできない暮らし方だと思う。興味もあるけれど、恵まれている人間との違いを痛感して心がざわめく。

「うわッッ!!」

悶々と考えながら歩いていたら何かに躓きすっ転んだ。途端にそこそこ荷重のあるリュックがのしかかり追い打ちをかける。カエルみたいな声が出た。

散乱していた瓦礫の上に勢いよく倒れたので全身が痛い。しばらく悶絶しさらにはリュックのせいですぐには起き上がれず、誰もいないのに思わず助けを求めてしまう。

誰か…………!あれ……………?!なんだ、これ」

半泣きで見回した周囲に突然きらりと輝く何かがあった。少し離れた場所にあったのでギリギリまで手を伸ばしなんとか取る。

長方形で黒くて硬い何か──が太陽の光を反射させて輝いていたようだった。艶やかで黒いそれには壊れたガラスみたいにヒビが入っている。ぐるぐると回してみれば側面の部分に何かの突起があるのを見つけ、軽く押し込んでみる。

すると突然、今まで真っ黒だったそれに何か絵のようなものが現れた。横に倒れたボトルの中に赤い水が入った絵が何を指しているのか全く見当もつかない。けれど一つ確信があった。

「これは………。もしかして、何かの機械か?」

貧困層のほとんどが見たことすらないような代物だったけれど、自分には見覚えがあった。最終的に住んでいたスラムに移る前は型落ちてボロとはいえ家にも機械があった(けれどもこの機械の薄くて軽い様を見るととても同類とは思えないくらい大きくて重いもの)

それに今手元にあるこれに似たような物を、スラムで生活していた頃よく面倒を見てくれていた女の人が持っていたような気がする(彼女の所有物かどうかは不明だった)

お姉さんと呼んでいた女性はよく機械に絵や文章を出して見せてくれた。本を読んでいて分からなかったことを聞いた時、これで調べられると言って教えてくれた記憶もある。

機械は人々の生活を助けるために存在すると聞いている。すると、これも誰かが使っていたのだろうか?

…………ということは、ここには人がいたということで、この壊れ方を見るに命の保証はないだろう。

………街が崩壊したのはあの爆発が原因で、それからまだ数ヶ月しか経っていないから……

も、もしかしたら、この瓦礫の下には、まだ………

先程の痛みと重さを忘れ勢いよく立ち上がる

これ以上考えるのはやめにしよう、そうしよう

実を言うとそういったものを見てしまったことは何度かある。

仕方ないとはいえその度に精神的に追い詰められてしまうのでできれば遭遇したくない。

自分でも驚くくらいのスピードで移動し噴水エリアに帰還する。ベンチに座ると同時に張っていた気がほどけてがっくりと項垂れた。

“そういったもの”を見てしまうリスクを再度自覚し、もう水を探す気にもなれない………

脱力していれば徐々に身体の痛みが出てきた。結構強く打ち付けたから、すり傷や痣でもあるかもしれない。けれど数少ない医薬品は貴重だからこの程度では使いたくない。

患部を触ろうとしたとき、先ほど拾った機械を思わず持ってきていたことに気付く。戻しに行く気になれず、リュックにしまい込んだ。

しばらく経ってから痛みとはまた別の苦痛を感じ始めた。久しぶりに結構声を出したからか喉が渇いて仕方ない。

水が少ない時に限ってこういうことになるなんて本当に不運だ……

昨日運良く長期保存食品を多く回収したことで運を使い果たしたかもしれない。

運が悪いことは散々経験したし、自覚もしている。今更そういったことの一つや二つ増えたところで変わらないだろう。けれども神様がいるのならあんまりだと思う、せめてもの幸運を………頼みます、神様…………。

人間、乾きというのは痛みと同等なくらいのしんどさがあると思う。ついつい柄にもなく神に祈ってしまった。

最後の一口の水を飲み切ってしまうか、命の危機的状況になるまで我慢するか………難問を強いられている。頭を抱え悶々と悩む。

その時だった

足音がする

瞬時に身体は警戒態勢になり、辺りに意識を集中させる。こんなところに人が来るはずがないと油断していた。もし敵意のある人間だったらどうするべきか?武器は何も持っていない。

様々な予想と結果が頭を巡り、絶望に慣れきった脳は全てを諦める、という消極的な提案を出す。

どんなに考えようと出来る対策はほぼない。心を決め、頭を上げ直視した途端、全ての思考が止まった。

やはり神様は残酷だ。不運に不運を重ねてくる。

少し離れた先でこちらを凝視している存在は、人間が長らく争い続けていた敵対種族だった。向こうは瞠目しこちらを見ている、自分も同じような状態かもしれない。

どうして天使族がここにいるんだ

ただ確かに、深刻な状況だと為す術もなく思った。

next/episode1-3 「協定」

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