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2-4
遠くから鳥の鳴き声が聞こえてくる。
ゆっくりと瞼を開けた。
見慣れない光景に一瞬驚く。
起き掛けのぼんやりした頭で思い出す、そうだった、今は二人きりじゃなかった。
昨日出会った少年──シンは掛けていた毛布を豪快に踏み脱いでいる。まだ夢の中の様だ。
昨晩、毛布と寝袋を広げて暖を取り、狭い部屋の中でどうにかこうにか三人川の字で寝た。一晩中旅の話しを聞くと意気込んでいたシンはいの一番に寝落ちていたっけな。
元気が良くて楽しい友達だ。もっと話したいことや聞きたいことがあるけれど、今日別れなくてはならない。
ゆっくりと起き上がり、寝袋を畳む。
今日は久しぶりにぐっすり眠れた。安心できる場所だからかもしれない。
微かに別室から機械を弄る音がする。そういえばミツルさんは別室で寝ると言っていた、もう起きているんだろうか。
上着を羽織り、部屋を出る。
「お前さんは早いな。」
ミツルさんはちらりとこちらを見た。
俺は挨拶をして、対面に座る。
「そういう生真面目なところ……父親によく似ている」
「そうですか?」
「話したことはなかったが……見かけたことはある。生真面目だが、時折剽軽であったな。お前さんはどうだろうか」
ミツルさんは含み笑いをした。俺もつられて笑う。
「実は父の記憶は少ししか無いんです。……けれど最後の日だけ、はっきり覚えています」
いつもは帰って来ていましたが、その日父は出たきり行方が分からなくなりました。
「お前さんや、それは……」
「薄々分かっているんです。…………戦いに命の保証はありませんから」
ミツルさんは悲し気に目線を下げた。
「真相を知るには……軍部へ行くと良かろう。兵士の記録があるはずだ」
そう慎重に言うと、おもむろに機械を取り出した。
「そういや、これが直った。持っていくといい」
機械をこちらに向ける、俺は見慣れないそれに驚く。画面には何かの絵のようなものが表示されていた。
「これは地図だ、データは崩壊以前の物だろうが大層に変化している配置は無かろう。」
そう言いながら、画面の右上を指で示す。なにやら要塞のような建物が森の中に見える。
「軍部はここか…北西に向かって歩いて行くと良い。数か月はかかるだろうが……」
「ここに行けば、父さんのことも……」
「チカまでなら連れて行ける。するともう暫し、修理が終わるまでここに居ることになるが」
「ありがとうございます。けれど俺らは、まずは天使族テリトリーの方へ行きます。天使族について知りたくて……」
「セナ達、行っちゃうのか?」
俺は驚いて後ろを見る。寝起きのシンが目をこすりながらこちらを見ていた。悲しそうに。
「シン、おはよう。……ごめん、行かないといけない気がするんだ」
「また会えるよな?絶対に会えるよな……?」
「うん。目的が済んだら俺らもチカに行くよ」
シンは一瞬安心したような顔をしたが、すぐに翳ってしまった。
「……けどずうっと先の事だよな?」
「絶対会いに行くよ。なるべく早く」
「…………」
その様子を見ていたミツルさんは痺れを切らしたように声をかける。
「シン、チカに着いたらお前は妹の面倒を見ることになるだろう。そんなに頼りなくてどうする!」
シンは思い出したように目を見開いた。
「……わかった」
「シンなら絶対、良い兄ちゃんになれるよ」
「セナみたいにか?」
「照れるなあ、けど俺なんかより良い兄になれると思う」
……そういえばリーはまだ寝ているのだろうか、この騒ぎの中でも起きてこないリーはつくづくマイペースだと思う。
俺は二人に一言告げ、寝室に戻る。リーは寝袋を巻き込んで丸まっていた。
それを控えめに揺すりながら話しかける。
「リー、機械が直ったぞ。地図が見れるようになった」
何度か語り掛けたけど起きない。俺は潔く寝袋を剥ぎ取った。
「……さ、さむ……何?……セナ?」
寝ぼけながらも恨めしそうにこちらを見るリーを適当にいなしながら寝袋を畳む。これでもう寝られないだろう。
「ああ……なんか久しぶりに凄いしっかり寝たなぁ…………」
そう言って狭い部屋の中で羽を伸ばすもんだから、顔に当たった。……もふもふだから良いけど。
「……やっぱり落ち着ける環境は違うよ。セナもそう思うだろう?」
「ああ。」
辺りを見回したリーがシンについて尋ねたのでもうとっくに皆起きていると伝える。
「ええ、僕が一番寝てたってことか……シンよりも……」
少し恥ずかしそうにしながら、リーは上着を羽織った。
朝食までご馳走になった。
とろみのあるスープと丸いパン。こういう食事らしい食事を次はいつ食べられるだろう。
けれどまた過酷な環境に戻るとしても、俺たちは行かないといけない様な気がする。
何か、俺たちには明かされていない舞台裏の秘密があるようでならない。
「そういや、あの機械が出来ることは地図の閲覧だけではない。他にもいくつか機能がある。」
写真が撮れるようだ。あとは以前の持ち主が使っていたのか…………メモが残っておる。
一部の機能は何かが足りないのか、利用できないと文字が出るらしい。
「そうなんですね、写真か……以前知り合いに撮ってもらったことがあります」
「写真ってさ、残せるやつだろう?あとで皆で撮ろうよ」
「やる!やろうぜ!!」
食事が終わったら、撮るとするか。記念だ。そうミツルさんが言う。
シンが嬉しそうに返事をした。
なんとか全員入った写真を撮る。これは宝物になりそうだ。
「そういえば、メモは残っていたのに写真は残っていなかったんですか?」
「傷があるといえども内部は新しい、使い込む前に手放すことになったのだろう」
「なるほど…………」
「それは勿体ないな……代わりに僕らがしっかり使っておこう」
……リーは人の気持ちが分かるのかそうでないのか、判断できない時があるな。
「ふむ……、これは重要な場面で使うとよい。電池に限りがあるようだ、こんな状況だと充電も満足にできん」
「電池……、機械のエネルギーだっけ?セナ」
「そう」
「ここに残量が表示されておる。この中身が空になれば電池も切れるであろう」
ミツルさんは画面の端の図を指さす。……そうか、以前見たボトルの図は充電残量だったのか。
「セナ、リー。……もう行くのか?」
シンが寂しそうに言う。
「僕、シンに出会えて良かったよ。楽しかった」
「オレも!リーの羽ふわっふわだったしな!!」
そういえば昨晩、シンもリーの羽のファンになってたな。
「そうだ、お前さんたち。餞別に食料と水を渡そう。なに、チカに持っていける量には限りがある。残して置くのも勿体ない」
ミツルさんはそう言うと、部屋に戻りしばらくして大きめの袋を持ってきた。
「調理する時間も余裕も無かろう。すぐに食べられるものを入れてある。遠慮なく持って行ってくれ」
「「あ、ありがとうございます!」」
二人、口を揃えてお礼を述べる。
「絶対、ぜっっったい!また会おうな!!!」
「もちろん!」
「オレのこと忘れんなよ!」
「忘れないよ、絶対に」
「達者でな。成長したお前さんらを見るときを……楽しみにしておるぞ」
俺たちは二人に手を振って歩き出した。
遠くから振り返って見ても、二人はまだ見送ってくれていた。
「沢山入ってる……すごいよ、これ」
リーはさっき貰った袋を覗いている。
「めちゃくちゃありがたいよな。こんな状況じゃ食料も手に入りにくいし」
「ああ。これでしばらくは安心だよ」
「リー、そう言って調子乗って食べ尽くしたりするなよ?」
しないよ!僕、そんなに食いしん坊に思われてるのか?
リーは少し慌てたように言う。
「食いしん坊。まあ、俺からしたらだけどな」
「ええ……!でもシンも食いしん坊だったよ、僕より」
そうだったな。そう言って笑い合う。
「そういえば、ミツルさん。最初は怖かったけど良い人だった」
「確かに。あ、そうだこの出会いとか、チカのこととかメモしておこう」
俺はリュックから手帳を取り出す。
「セナ、機械のメモは使わないのか?」
「電池が貴重だからな」
「確かに。あのさ、少しだけ見てもいい?何か前の人が残してるらしいし」
少しだけな。俺は機械を渡した。
「ここかな……お、点いた。これがメモかな」
リーは見入っている。ふいにその手が止まり、こちらに機械を渡した。
「これ、残ってたメモだけどさ……」
名前案と題されたメモには、男子と女子で分けて、名前が並べられていた。
「これは…………子供に付けるつもりだったのか?」
「多分そうだろう…………この人と、その家族はどうなったんだろうね」
「考えるのを止めよう……辛くなる。」
リーは大人しく機械を返してきた。
「おっと。……機械って意外と重いよな」
本とそんなに変わらない大きさなのに、不思議だ。
「ああ、確かに……そうだ、食料とかは多めに僕が持っておくよ。重くなるだろう?」
「もしや……それで食べまくるつもりだな?」
「違うよ」
「……食いしん坊」
「ち、ちがうって!」
そのやり取りに思わず噴き出す、最初は複雑な顔をしていたリーだが、つられて笑いだした。
「俺らも結構仲良くなったよな、前に比べたらさ」
「ああ。……けれどセナは僕に対して遠慮がなくなったよ、出会ったばかりの頃よりも!」
「そうか?」
「けれど僕は今の方が楽しいよ、友達に遠慮なんて要らないだろう?」
「リー……!」
嬉しかったからこの言葉もメモしておくことにする。俺は丸秘のリー名言(迷言?)メモに書き加えた。
暫く歩き、今までの荒んだ貧困地域とはまた違ったエリアに出た。
機械を操作して地図を見る。
「よし。こっちで合ってるな」
「便利だ、地図は」
リーは関心しているようだ。まじまじと機械を見ている。
「これなら方向音痴でも迷わないんじゃないか?リー?」
「せ、セナ!君は人が気にしてることを……!」
「あはは、なんてな。というか気にしてたのか」
だって不器用で方向音痴だし、…食いしん坊だし。良い所なくなるじゃないか、僕……
そう不貞腐れたように言う。
「そんなことない。リーには助けられてるよ、リーのお陰で何度持ち直したことか」
「そうか……?」
リーはあいまいに笑った。俺はそれに少し引っかかりを覚える。
いつも飄々としているリーだが、たまにひどく自信なさげな態度を取ることがあるのだ。
「リー、おはよう」
「…………ああ」
俺は横でぼんやり朝空を見ているリーに話しかける。シン達と別れてからすぐの夜だったが、寝付きが良くなかったのかもしれない。
やはり外は危険が多い。気も張る。朝日が昇る度に底知れぬ安心感が湧く。
「まだ朝は肌寒いけど、大分暖かくなってきたよな」
首元のボタンを外した。これをしてると暑苦しい。
目線を上げると、爽やかな朝の空が目に入った。屋上はよく日が当たる、眩しいそれに目を瞬かせた。
「……そういえば、僕たちこれからの季節のこと全く考えてなかったと思う……この服装、寒い時は温かいけれど、暑い夏はどうする……?」
「……確かに。まあ、その時はその時でまた考えるか」
話しながら、荷物を纏める。リーは徐々に意識が覚醒したみたいだ。
壁はすぐ近くだろう。チカへも行く必要がある、早めに行動したい。
崩れかけた鉄骨の階段を慎重に下りる。上るときより、下りる時の方が怖い。
「うわっ!……っ危なかった」
先を行くリーが踏んだ階段が崩れて落下していく。間一髪次の段に移動したからか助かったようだ。
「リー!大丈夫か?!」
「ああ、大丈夫。……それでセナ、階段抜けちゃったけど来れる?」
「…………」
唐突にリーがにやりと笑う。俺は嫌な予感がした。
「飛びなよ、セナ。ジャンプするんだ」
「無茶言うなよ……!」
俺は思わず下を見てしまい震え上がった。落ちたら一溜りもない。
「さあセナ。どうする?」
リーはこの状況を楽しんでいるみたいだった。ちくしょう、他人事だと思いやがって……。
「リュックこっちに渡していいからさ!」
俺は試すように笑うリーにリュックを投げ渡した。
「おっと!くくっ、やる気になった?」
「やってやるよ」
このままここに居てもしょうがない、俺は腹をくくる。
もし失敗してもリーを巻き添えにすればいい。そうだ。
リーはリュックを抱えて、こちらを楽し気に見ている。
……そんなに期待することか?
「リー、数段下がっててくれ」
十分な間合いが空いたのを確認して、俺は飛び移った。
少し勢いを付けすぎたか、ぐらぐらと鉄骨が揺れる。何とか手すりに捕まって事なきを得た。
「うわ!……よし。どうだ、リー?俺もやるときはやるんだ」
にやりと笑い返す。
「やるなあ、思ってたよりチャレンジャーだ」
「思ってたよりって何だよ……!」
リーからリュックを受け取って背負う。
「失敗した時はリーを巻き添えにするつもりだったからな」
「本当?僕の命も危うかったのか」
そう言いながらも顔は笑っている。
「リーは怖いもの知らずだよなぁ……」
「そうかな?僕にも結構怖いものはあるんだけどね」
……あったとしても、ほとんど態度に出ないんだよな。
リーは後ろを向き、軽快に下り始めた。
「慎重に下りろよ!また階段が落ちたりすると大変だ」
忠告をちゃんと聞いているのか分からないが、リーはひらりと手を振った。
俺は慎重に一段一段下りていく。ここでくたばりたくはない。
昨日は日が暮れ始めていたのもあり、何も考えずに上っていた。だが改めて考えてみると、階段が全て崩れ落ちてしまったら途方に暮れることになるな。
なんとか地上に出る。先に下りていたリーは退屈そうに俺を見ていた。
「なんだよその顔。というかリーがこのビルで寝ようとか言ったのが発端だからな」
「高いほうが安心だろう?それに僕高い建物に興味があるしさ」
天使族には高い建物があまりないんだ。
「そうなのか?天使族は飛ぶから何でも高く作りそうなイメージがある」
「天使族には人間ほどの技術がないから、だと思う。むしろ飛べるから色々なことに力を注がなかった」
「ああ、そういえば人間は飛べない差を埋めようとして技術を発展させたんだったか……」
目線で早く先に行こう、と訴えてくるリーを横目に、俺は機械を出して道程を確認した。
「こっちか……でも少し楽しみだな。天使族テリトリーはどんな感じなんだろう」
「……そんな大層なものじゃないさ。」
リーは下を向きながら歩く。小石を蹴り飛ばした。
内心は複雑なのか、気乗りしない様だ。
暫くして飽きたのか小石を置き去りにする、それを俺が引き継ぎながら話す。
「そういえば図書館で回収した本に、面白いのがあったんだ。」
リュックから取り出す。見た目は一般的な書籍だ。
「天使族テリトリーに潜入したジャーナリストの本で、天使族について結構露骨に書いてる」
「へえ……誰だろう」
「えっと、リヒト……リヒトさんだって。対立が深刻になる前までは居たんだ、軍に指名手配されていたけど逃げ切ったらしい」
「おお、それは面白いね」
やっぱり。リーはこういうのに反応するだろうとは思っていた。
「だろだろ?あとな、この人”天使族の羽を触ることは極上の幸せ”と書いてるんだよ!俺めちゃくちゃ共感したんだよな!」
「そんなに?というかその人、天使族に友達居たのか」
リーは驚いたのか目を見開いている。
「すげえよな……命が狙われるリスクを冒してまで現実を追及してるんだもんな」
ふとそこで思う。
「そういえば、リーも似たようなもんだよな。崩壊していても、敵族テリトリーに行くことにはリスクあるだろ?」
「うーん、確かに。今思えば結構無謀だよ。けど好奇心があったし、とにかく今までのしがらみがない新しい場所に行きたかったんだ」
そこまで言うと、リーは振り返った。
「けどさ、僕はこっちに来て正解だったと思ってる。セナに出会えたしさ」
「俺も出会えて良かったと思ってる。……実のところリーと出会わなかったら、今頃どうなっているのか分からない。くたばっていたかもな」
「……セナなら一人でも大丈夫そうだと、僕は思うけどなぁ」
笑って前を向きなおしたリーの羽を触りながら考える。
リーが思う以上に助けられているのは事実だ。けれど毎回のらりくらり躱されてしまう。
……もしかしたらリーは飄々としている様に見えて実は自分に自信が無いのかもしれない。
ふわふわと柔らかいこの羽も初めの頃は邪魔だと、確かそう言っていたような気がする。俺はリーについて殆ど知らない。天使族テリトリーに行けば、少しはリーについても知れる可能性がある。……だからこそ行きたい。
「なあ、リー。この羽のほわっとした匂い、どうなってるんだ?干したての布団みたいだ」
「匂い……?僕は慣れてて良く分からないな、意識したこともなかった」
そういえば、周りの天使族の羽の匂いはたまに感じたかな……といってもそれくらいだけど。
「こういう晴れの日は特にほわほわしてる。癒される」
「セナは面白いなぁ……僕なんかずっと羽と過ごしてきたけど知らなかったさ」
「お互い、自分に無いものに惹かれるから気付くんだろうな」
「ああ、そうだと思う」
リーが目線を上げたのにつられて俺も前を向いた、今までは遠くからぼんやりと見えていただけの壁が近づいているのが分かる。
日差しが強くなっていく。今日も暖かくなりそうだ。
出会ったばかりの頃に比べたら、随分と過ごしやすい気候に変わっていた。
刻一刻と状況は変化している。
俺たちは、少しずつでも進んでいけているだろうか。
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