イラスト数 4枚
2-5
「ここさっきも通らなかったか?」
「そういえば、確かに」
言われて気付いたのかリーは辺りを見回す。俺は再度地図を見て首を傾げた。
迷って早三日が経つ。昨日は雨が降っていたから行動できなかった。以前風邪を引いたことがあるからどうしても慎重になってしまう。
「道は……良く分からないな」
ここら辺は入り組んでいる上に瓦礫や倒壊した建物で通れない場所もあり、迂回して行くうちにどんどん迷い込んでしまった。
「まあ、進んで行けばどこかしらに出るさ」
リーはそこまで気にしていないらしい。近くの瓦礫の中に何かないか調べている。
「それに急ぐようなこともない、そうだろう?」
「まあな、でも物資には限りがあるからな……」
「セナは慎重だよなぁ……」
呆れたように笑いこちらを一瞥した。
こんな状況だと慎重にならないと生き残れない。……慎重すぎてもかえって失敗するのかもしれないが。
けれどもう数日これといった進展がないまま時間ばかりが過ぎている、しかしリーは焦る様子がまるでない。それが少し気掛かりだった。
そういえば以前も気乗りしない素振りを見せていたな。
「なあ、これ以上先に進みたくないのか?」
数歩先を行くリーの足取りが止まった。
「……君は行きたいんだろう?それなら、構わない。こんな状況だしさ……一人でいる方が効率が悪い」
何だかはぐらかすような物言いだ。それが壁を作っているようにもとれて、居心地が悪かった。
「無理強いはしない。嫌ならいいんだ。」
「そんなよそよそしく気遣いしなくても、壁を作ってるみたいじゃないか」
「……壁を作っているのはリーの方だろ」
はっと何か思ったような顔でリーは振り向いた。
「リーは、向こうでどう過ごしてきたんだ?」
どうにもリーが思っていることが掴めない。過去についてもほとんど知らない。
「……聞いてどうする」
俺は一瞬たじろぐ。
初めて聞く冷たい声だった。思えばリーは楽しんだり、笑ったりと一見明るく振舞うが、当たり障りのないものだけだ。弱みや怒りを見せたことがなかった。そこに恐れがあるかのように。──あるいは諦めが?
「距離があるままで居たくないんだ。知ったら助けになれると思うから」
リーなら話せば分かり合えると思う、けれど返ってきたのは予想外の反応だった。
「……知れば助けられると思うんだ」
「リー……?」
そう言い、冷ややかな目で一瞥する。
俺が何も返せずにいるのを見て、リーは悲しそうな顔をした。
「ごめん……何でもない」
そう言って前を向いてしまう。
先を行こうとしたリーの足が止まる。
「……僕の過去は、最悪だった。聞いても何も変わらないさ……もう手遅れなんだ」
心なしか、リーが震えているように見える。
「……ごめん」
「僕こそ……セナ、先に進もう。」
振り向いたリーは取り繕うように微笑んだ。
再びいつもの旅に戻る。
俺はあの話題には触れず、リーもまた話そうとしなかった。
少しぎこちなかった。その微妙な息苦しさに不安を覚えた。
時間をかけて培ってきた信頼でも、きっかけさえ整ってしまえば、簡単に壊れてしまうのかもしれない。
もっと、慎重になろう。そうひとり内省する。自分にとって過去は──思い出したくないことこそあれ、聞かれたなら答えられる類のものだった。けれど、リーは違うのだろう。
「……リー、地図を確認したんだが、行けそうな道がいくつかある」
歩くうちに幾つか先が分岐した道に出たので止まった。俺は機械を取り出して見せた。
「うーん………こっちはどうだろう?」
「行ってみるか」
進んだは良いものの、どこかで見たような、ないような。そんな景色が続く。
俺は意気消沈しつつあった、けれどリーは違うようだ。次第に前方を歩くようになる。
「待てよ、リー。……というかそっち行って大丈夫なのか」
「大丈夫、多分。まあ、今日は僕に賭けてみてよ」
「賭け……って。心配なんだが」
リーは面白そうに笑った。……この天使族の笑いのツボが未だによく分からない。けれど少し安心した。
「何だか、前 こっち に来た時ここ通った気がするんだ」
「それを先に言ってくれ……!焦った」
僕、相当信用ないね?
納得いかないような口ぶりでも顔は笑っていた。
大人しくついて行く。歩き進めるうちに不安は期待へと変わっていった。
崩れていた建物の瓦礫で溢れていた道は、次第に舗装されていない荒地へと続いていく。
「抜けたか?」
今まで堂々巡りしていたエリアとはまるで違う風景がそこにはあった。
「やった!僕もたまにはやるだろう?」
心底嬉しい、といった様子がありありと分かる。初めて見るくらいにリーは喜んでいた。
「やるな、リーにしては珍しい」
「何か今聞き捨てならない言葉が……」
リーは肩透かしを食らったような顔でこちらを見る。
冗談だよ。笑いながらそう返しておいた。
「まあ、出たはいいが……なんだか不穏だ」
リーはよくこんな所を一人で通ってきたな。
そのエリアは全体的に薄暗い。この前地図で見た軍部にも似ているような。
さらには何かの瓦礫が至る所で山を形成していた。飛んできた瓦礫が当たったからなのか、建物が抉れるように壊れている箇所もある。
「ここ……確か壁の近くだったような。といってもこのエリアは結構広いんだけどさ」
「壁までどれくらいだ?」
「三、四日だったかな」
「…………」
俺は項垂れた。相当かかるじゃないか……。
「ここは人が残ってた。さっと移動したから見つからなかったけどさ」
「本当か?……シン達みたいに友好だと良いんだが」
「まあ、行こう」
俺は頷き、歩き始めた。
瓦礫と建物に挟まれた、荒んだ砂地を進んで暫く経った。前方に舗装されたエリアがあるのが見える。
「あそこは管理がされているみたいだな。……注意した方が良いかもしれない。」
リーを制止し、前に出た、リーに行かせたら何が起こるか分からない。
「何かあった時はどうする?」
「縁起でもない……」
建物で身を隠しつつ誰もいないのを確認し、後方にいるリーを手招きする。
リーが足を踏み入れた途端、警報音がけたたましく鳴り響いた。
「何が……?!」
「…………っ誰か来る!足音がする」
警報音に気を取られていて気付かなかった。そういえばリーは耳が良いんだったか。
俺らは急いで近くの暗い倉庫の中に逃げ込んだ。
「いねえぞ……感知のアレまたバグってんじゃねえのか?探す気にもなれねぇわ」
「知らん。この状況じゃ修理も出来ない。上に言ったところで相手にもされん」
「全くよぉ……」
俺は隙間から様子を窺う。
軍の関係者だろうか、軍服を着た大柄の男性二人組がぼやきながら戻っていくのが見えた。
「どこかに行ったみたいだ」
「また……?なあ、リー、他にもこっちに来た天使族いるんじゃないか?」
「さ、さあ……?」
目が泳いでいる。
「……リー、以前もひっかかったことあるだろ?」
リーは気まずそうに目を逸らす。多分図星だ。
「……ひっかかった、何度か。」
「何度も?!」
「こんな状況でわざわざこっちまで来る天使族なんていないと思う……多分前のも僕」
「あ、危ないな……!」
「ははは、でも楽しかったんだ。警備も結構緩いし」
……そこ笑うところか?
そういえば駆けつける人数が少ないようにも感じた。どこも切迫しているんだろうか。
「今なら防衛も弱いのか。一気にここを抜けた方が良いな。」
「ああ。そうだ、建物の中を通らないか?」
「なんでまた大変な方を提案するんだ……」
「行ったことがない所は気になるんだよ」
「………好奇心と安全なら安全を取るべきだろ」
気を取り直し、俺は感知しているものが何かを知るため、辺りを調べた。また騒ぎにでもなったら面倒なことになる。
「何か怪しいもの……」
「暇だし僕も探すよ」
そう言って出てこようとしたリーを押し込んだ。
「出てきたら感知されるだろ……!」
不満のありそうな顔をしながらも大人しくなったリーを確認し、改めて周りを見る。
「特に怪しそうなものが見つからない……埋め込んでいるのか?」
元々は敵対種族が攻め入るのを防ぐためのものだ。仕方ないのかもしれないが……
「エリア全体が対象なのかもしれないな……厄介だ」
「それじゃあもうどうしようもないじゃないか……そうだ!走り抜」
「却下」
「セナはもっと挑戦した方が良いと思うんだ」
「勘弁してくれ……!というよりも、数日かかる距離を走り抜けられるかよ」
「僕ならやる」
さわやかな笑顔で外に出ようとするリーの肩を掴んで押し止めた。この天使族を大人しくさせておく方法を誰か教えてほしい。
「……そういえばリー、以前どうやって抜けたんだ?」
「そうだなぁ……損壊が酷い辺りだと感知されなかったような……記憶がある」
「曖昧だな」
「セナと出会ったことが衝撃的すぎてさ、その前のこと色々忘れたんだよ」
俺はがっくりと項垂れた。いやそれ単にリーが忘れっぽいだけだろ……
まあでも俺もこの出会いは奇跡的だと思う。一体何の巡り合わせなんだろうか。
「とりあえずここに居てもどうしようもない……なるべく壊れた辺りを探しながら進もう」
「よし、行こう!」
「リーは絶対俺の後ろを付いてくるように。いいな?」
「わかったよ……」
俺たちはそろりと倉庫を抜け出した。
「てめえらか!ふざけてんじゃねえぞ!!」
「やばいっ……!!逃げるぞ!」
そろりそろりと猫のように静かに移動していたがとうとう見つかってしまう。
道中何度も感知にひっかかり、警報音を鳴り響かせていたがその度に撒いていた。が、今回は運悪く近くを巡回していた軍人と鉢合わせた。
素早く踵を返し全力で走る。警報音や怒鳴り声で辺りは騒然としていた。
「待ちやがれぇえ!!!」
その軍人の声は警報音が鳴り響く中でも聞こえすぎるほど、ものすごい声量だった。
「うわっ、すごい勢い!声でかいなぁ!!」
「馬鹿にしとんのかてめぇ!!!」
「リー!煽るな!!」
勘弁してくれ……!リーといると命が幾つあっても足りない気がする。
リーは飄々とした顔で俺に追いつくと先を行こうとする。
「ま、待て!!置いて行ったら一生恨むぞ……!」
「俺が用あんのはそこの人間のガキじゃねぇ!てめぇだよ天使族ゥ!!!」
「僕?まあそうか……セナ、こっち!」
「うわっ!」
咄嗟に手を引かれ、俺はバランスを崩した。転けそうになり、ギリギリで耐えた。
「うおっ?!なんだ!!?」
突然リーが羽を広げる。ばさりと叩き付けるように風圧がかかり、軍人が怯んだ。その隙に俺たちは出せる限りのスピードで逃げた。
そしてやっとのことで撒いた。
「は、はぁ……危なかったな……」
俺は壁にもたれ掛かり、座り込んだ。
上がった息を整えようと空を仰ぐ、けれど曇天だ、余計息苦しくなったような気がする。
「にしてもあの軍人面白かったなぁ……」
「り、リーといると命が、幾つあっても足りない………」
「セナが死ぬ前に助けるよ、出来ればだけどさ」
「絶対、置いて逃げる奴だ……それ」
汗が止まらない。久しぶりにものすごい走った気がする。
「まあでも……さっきのは助かった、やっぱり羽は役に立つ」
「そうかな?なんとなく当てつけてみたくなってさ……」
この天使族はさらっと物騒なことを言う。
リーはぐいと背伸びをするように羽を伸ばした。
「そうだ、それで仰げたりしないのか?暑いんだ」
「ああ、確かに。いいよ」
ぱさぱさと羽を動かす、心地良い風が火照った体を冷ましていく。控えめに言って最高だった。
「涼めるし、モフれるし、武器になるし、良いよなぁ……」
俺がそう言えば、照れ隠しなのかこちらを羽で軽く叩いた。
「そういえば、この辺りは損壊が激しいな……もしかしたら感知が作動しない可能性がある?」
「試してみようか?」
「分かった。気を付けろよ」
リーはひらりと手を振ると、逃げ込んでいた細い路地裏から出た。
俺は待っている間、次第に不安になってきた。さっきは疲労もあり軽く返事してしまったが……もし感知が作動してそのままリーが連れて行かれでもしたらどうしたら良いのか。
やっぱり俺も行こう。そう決めた時あの警報音が鳴り響いた。どうしてこう、心配事ほど現実になってしまうんだ…!
慌てて路地から出る。リーの居場所を探す前にある違和感に気付く。
足音がしない。
まさかリーは……いや違う、誰の足音もしない。ここは駆けつけてこな……
「うわあっっ!!?」
突然後ろから何者かに肩を掴まれて俺は心臓が止まりそうになった。誰、誰だ、軍人か!?
「わっっ!び、びっくりしたぁ……セナそんな声出せたのか……」
「……それはこっちのセリフだ、リー……」
俺はじろりとリーを見た。驚き顔が一瞬引き攣る。
「ご、ごめん。てっきり気付いているだろうと思ってたんだ……驚かそうとかそういう訳ではないよ?もちろん」
「本当か……?」
「ちょ、ちょっとだけ思った……かな?」
「リー……」
恨めしそうに見れば、リーは申し訳なさそうに笑った。
「会ったら伝えようとしていたこと忘れてしまったんだが……」
「そうか……ごめん……そういえばここら辺は感知が作動する所はあるけど、軍人は来ないみたいだ」
「それ、それだ……もしかしたら、感知したことを通達するための機能が、駄目になっているんじゃないか」
音も気付かないということは、ここは管理エリアからかなり離れている可能性がある。
「結構壊れてるし、こんなところに居ても仕方なさそうだしなぁ」
「とりあえず運が良かったな、ここから先に進んで行こう」
「けれど、そろそろ日が暮れそうだろう?どうする?」
辺りを見回してみても、ほとんどの建物が損傷していて入れそうもない──崩れる危険性もある。近くにいても危ないだろう。
「元のエリアに戻るのも見つかるリスクがあるしさ……」
「そうだなぁ……とりあえず進みながら考えるか」
何度か警報音を鳴り響かせているが、軍人が来る気配は全くなかった。
さっきから曲がったり進んだりと大変だ。なかなか目的は定まらなかった。
「あ!少し先に建物がある、見えた?」
何かを見つけたのか、唐突にリーが声を上げた。
「あれか……急げば暗くなる前に着くかもしれないな。行ってみるか」
急ぎ足で進み、何とか辿り着く。大変なことと言えば、道中雨が降って来て滑ってリーがこけたくらいか。
「急ぐからだ。舗装された道は雨に濡れると滑るんだ」
「し、知ってるよ……まだ笑ってる、そんなにおかしいか?」
「いや別に……」
また思い出して笑いが込み上げてきた。そういえば昔会ったばかりの頃も、あんな感じで地面にダイブしてたな……
「こける時も潔いよなリーは」
「仕方ないだろう………」
リーは恥ずかしいのかじとりとこちらを見る。上着を脱いで汚れを叩き落とした。
「日が落ちると真っ暗だなこの建物……」
建物のドアは案外すぐ開いた。外観に損傷はあるが、内部構造は割と保たれていた。
入ってすぐの部屋で今日は夜を越すことに決める。暗くて、全貌がよく分からないが広さはそんなにないようだ。
「これは……もしかしてベッドか……?」
服と荷物を床に置き、辺りを探索していたリーが驚いたように言う。
そして容赦なくそれにダイブした。
「や、柔らかい……!久しぶりだなぁ、この感触……」
俺も荷物を置き、リーがダイブしている横のそれに腰かけた。
「これがベッド……か、柔らかいんだな」
座ると軽く沈んだ。このまま寝たら全身が沈んでしまうんじゃないか?と思う。
「ああ、柔らかい……セナが僕の羽を気に入ってるのもこういう事なのか……」
「リーの羽の方が柔らかくてふわふわしてるけどな」
「まあ、確かに……けれど、これなら一瞬で寝れそうだし……そのまま起きれなさそ…………」
話し声が途切れたと思えば、すぐに寝息が聞こえてきた。……相変わらず落ちるのが早いな。
何だかどっと疲れが出た。今日は色々あったからだろうか。俺も寝ることに決め、二人分の荷物をまとめて側に置く。何かあった時、すぐ逃げられるように。
ベッド、とやらに寝ころんでみる。体は沈みこまなかったが、なるほど。柔らかく包まれすぐに強烈な眠気に襲われた。
「…………ぐっすりだな。狙い通りだ。それにしてもいいな……人間と天使のコンビか……良いぞ。誰か本にでもしてくれないだろうか……」
何か声が聞こえて俺は目を開けた。シンのところで寝た時以来の深い睡眠だった。中々目が覚めず、ぼんやりしてしまう。
「…………」
「おお、起きてしまったか。君たち旅しているんだろう。敵に追われたり、友情を確かめたり……いいなぁ、青春じゃないか。」
「…………?」
髪がぼさぼさで眼鏡をしている子供のような何者かが俺の事を覗き込んでいた……子供?
「!!き、君は……!?」
どっと冷や汗をかく。何か罠にでも嵌められたのか?
確かにおかしいとは思った、扉に鍵もかかっていなかったからだ。けれど人はいないだろうと考え、油断した。
「り、リーのことは見逃してください……!」
咄嗟に口をついて出た。この子供は確実に軍の関係者だろう。
「お、おお。とりあえず、落ち着け。私はこの子に危害を加えたりしない……何せこんなにかわいい天使族だからな……」
……何だか別の方向で危ない人かもしれない。
子供にしては違和感のある物言いに少し引っ掛かりを覚えた。
「……君は、どうしてここに?」
「おお、そうだった。自己紹介がまだだったな……先程は君の心地良い眠りを邪魔して申し訳ない。私はアズサ。ここの技師だ。因みに天使族について情報収集するのが趣味だ」
「子供も技師になれるんですか……?」
「こう見えても私は30をとっくに過ぎているぞ。君たちは……ふむ。17歳ごろか?……だとしたらざっとそれの倍は生きている」
「あ、当たってます……というより驚きました」
アズサさんは面白そうに笑う。その声で目が覚めたのか、リーがもぞもぞと動く。
「……セナ、おはよう……あれ?」
「か、かわいい……生の天使族をこんなに近くで見れるとはな……!!やっぱり軍に入って正解だった!」
「だ、誰だ……?」
本能的に何かの危機を察したのか、リーは訝しげにアズサさんを見た。
「私はアズサ。君は天使族の……女子か。珍しいな!」
「ぼ、僕はリー。なぜ分かった………?」
「アズサさん凄いよな。俺たちの年齢も当てたんだ」
「さて、二人とも起きたことだし、種明かしをしようか」
その前にまずはバックグラウンドを、そう前置きするとアズサさんは話し出した。
このエリア、そして建物は元々防衛基地の寮エリアだったんだ。軍部は兵器や兵士の拡充に力を入れていた、だからここの設備も管理も雑でな。先の爆発で大層に壊れて今では誰も来ない、私以外はな。今は別の空き施設と野外の仮設寮で大半の軍人は生活している。
「アズサさんはどうしてここに……?」
「単刀直入に言えばサボりだ。私は天使族を間近で見たくて軍に入ったんだが、全然ダメだった。それどころか裏方に配属された……これじゃあ、一生見れないかもしれない、と思って大抵はサボってこの基地内を動き回っているんだ、働くのはつまらんからな」
「は、はは……そうなんですか?」
……つまりはそれが許される立場だという事だろう。さっきの洞察といい、この人はただ者じゃない気がしていた。
「仕事しなくて大丈夫なのか……」
「これでもやることはまぁまぁやっているぞ?……そうだなぁ、基地の天使族感知システム、これは私が開発した」
「あ、あれのせいで散々な目に遭ったんだ……!!」
「私も本望ではなかったが……軍部には逆らえん。私の天使族オタクというか、知識の多さがバレて、指令が出たんだ」
「好きが祟る……それはそれで悲しいですね」
「まあ、これは役に立った。君たちを私の元へ連れてくる、という目的を果たした。つまり無駄ではなかったのだ……!!」
「ま、まさか……」
「おお、聡いな。このエリアは崩壊で軍のコントロール下を抜けている。通達がいかない、つまり他の軍人による邪魔も入らない。私は解放されたシステムに介入し、君たちを誘導したのだ!」
君たちがここのエリアに入る前にすでに私は通達によって、人間と天使族の侵入者がいることを知っていた。また、逃げ込むなら撒けそうな混沌としたエリアを目指すだろう。先回りして準備しておいたのだ!
音が鳴ることで位置も把握できる。その上音が鳴ったときの君たちの動きを読むことは簡単だ、寮エリアは区画がはっきりしているのも幸いした。こちらに近づくルートに入った後は装置を鳴らさないよう設定し、そのまま行かせた。
「つ、つまり……全てはアズサさんに図られていた……?!」
「まあ、このくらいなら対して労力もかからん。それに私はどうしてもこれを成功させたかったんだ……!」
前も天使族が侵入したと仲間から聞いたんだ、多分リーのことだろう。……実を言うと、その時は負傷していた……爆発の際にちょっとあってな。それで動けなかったんだ。それはもう悔しかった、折角のチャンスを逃した……私は泣いた……。
今回再びのチャンス、私はもう絶対逃さない覚悟で臨んだ!
「こ、怖……」
「安心してくれ!君が良いと言うまで私は絶対、君に触れないから!」
アズサさんが大げさなジェスチャーで説明する。
「は、はは……」
何なんだこの流れは。
俺は状況が飲み込めないまま苦笑いした。
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