第6話「改めて」

本編
第6話
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「リー大丈夫か?あんなに飛ばすから……」

振り返り声をかける。リーは先程まで俺の前方を走っていたが、今は後ろでぐったりしながら歩いている。

「……大丈夫だよ、このくらい」

息を切らしつつ言い、分が悪いのかそっぽを向く。

高速道路へ進んだ俺たちは(というかリーが)どこまでもまっすぐな道にテンションが上がってかけっこをしていた。
足が速いと自負していたリーは確かに速く、どんどん先に行くから内心焦った。

しかしいつの間にか減速し、終いには俺が追い越した。俺の足の速さは一般並みだと思う、つまりリーがペース配分を間違えて自滅したということだろう。

「というよりさ、いつまで続くんだ?この道……もう日が暮れるじゃないか……」

リーは機嫌を損ねたらしくふてくされている。

「リーが行きたいと言ったんだろ。まったく……」

「……そうだけどさ、まさかこんなに出口が無いとは思わなかったよ」

仕方なく歩いていれば、一台の車が端に停められているのが視界に入った。誰か乗っているかもしれない、そんな期待は当然のように外れた。

「近くで見てみると結構壊れてるな……人は乗っていない、か。脱出したんだろうか」

「セナ、これは?もしかしてこれがジドウシャ?」

「そうだ、天使族には車はなかったんだっけ?」

「あるにはあったけど、大きくて人が乗るものじゃなくて荷物を運ぶやつだった」

天使族は羽が邪魔になるからこういう小さいものだと乗りにくいんだ。……それに飛ぶし

後半はやたら声が小さかった。リーは飛べないことをやはり気にしているらしい、口では大丈夫だと言っていても。

「なあリー、この際だし乗ってみよう」

俺がドアの取っ手を引くと簡単に開いた。運転席から内部に入る。

「やっぱり狭……羽が引っかかった」

リーは無理矢理翼を引っ張る、その時何枚か羽が飛び散った。

「リー羽が……」

「このくらいなら大丈夫。なるほど、中は部屋みたいだ」

興味津々に内部を調べている。機嫌は治ったらしい。

「今夜はここで過ごそうよ。屋根もあるし」

後部座席で寝ころびながら言う。

「セナ、これ運転できないの?」

無茶言うなよ……そう返せばリーは楽しそうに笑った。


昨日の車から出て歩くこと数時間。やっと出口を見つけた。

この道路に入った時と同じように何かの門らしきものをくぐる。坂を下った先は街だった。今までに見てきた住宅地などと同じように、この街もかなり酷い状態だった。

それでも店らしきものに入れば空だった。誰一人として出会わなかったが、人の出入りはあるのかもしれない。高速道路も繋がっているから俺らと同じように通ってきた者がいるのだろう。

俺はそろりとリーの背後に回り、さっと企みを実行する。リーは周りに夢中で気付いていない。

さっきの店で唯一見つけ、そっと隠し持ってきた赤いリボンでリーの髪を結ぶ。思った以上に髪が短かったから何かの芽みたいになった。

「リー、何か気付いたことはない?」

後ろから笑いをこらえながら話しかける。

「いや、特には……」

芽の部分をそっと触ってみる。ぴょこぴょこ動くそれを見て思わず笑ってしまった。

「何を笑って……あれ?何これ」

何かの変化に気付いたらしくリーは頭を触る。そしてリボンをほどいた。

「なにこれリボン?……セナ?」

犯人を確信している声色で言う。俺は素直に白状する。

「さっき拾ったんだ、似合ってたのに!」

「本当に?笑いながら言うことかな?」

リーもつられて笑う。じゃあ今度は僕の番だ、そう言いながらリボンを持った。

「あー、やっぱやめた!リボン返すよ」

格闘すること数分。俺の首元には微妙に結ばれなかったリボンが垂れ下がっている。

「リーって不器用だよな」

「……不器用でもなんとかなるから器用にならなかっただけだよ!」

よく分からない言い訳をしながらリーは先へ進む。

「今度リボンの結び方教えるよ!どうせなら出来る方がいいだろ?」

そう声をかけながら俺は追いかけた。


なんだか思ったよりも仲良くやりながら、高速道路を降りてからはや十日が経った。

この世界は崩壊している、という点を除けば普通と変わりなかった。いや、俺らが順応しているだけか。

二人が生きていくだけなら足りる量の食料などは道中運よく回収できていた。リーは運が強いと言っていたがそうかもしれない、俺一人では無理な気がする。

リーは好奇心が旺盛だから色んな事を試す、だからチャンスを掴みやすいのだろうか、それが裏目に出て危ういこともあったが。

今俺たちがいるエリアは、俺が昔住んでいたスラムに近い。

頭上に架かっている高速道路に沿って今までとは逆方向へ進んできただけだが、道中見つけたここら一帯の地図の看板を確認し、それが正しかったことを知った。

このエリアはスラムに近いとはいえ、随分と発展していた。俺が昔よく見ていた背丈の高い建物はここのものだったのかも知れない。

しかし外観はそこまで深刻でなくても、中に入れば割れたガラスや諸々の残骸が散乱していた。

「セナ、ぼんやりしてると危ないよ。ほら、そことかさ」

リーの声掛けを聞き、意識を向けようとしたが一歩遅く俺はすっころんだ。

「リー!そういうことはもっと早めに言ってよ!」

「ごめんごめん」

リーはへらへら笑っている。そうしながらもひょいと足元の瓦礫を避けた。
身軽なんだな、羽があるのに。

「こういう瓦礫とか見てると思い出すんだよな、昔のことを……」

俺は立ち上がり、ズボンの汚れを払う。

「数か月前、大きな爆発があっただろ?爆心地は結構遠いはずだけど、このあたり一帯にも影響が出たんだ」

それで住む場所を追われて、旅をすることになった。

リーは黙って聞いている。それを一瞥して続けた。

「それ以前にも、戦争で破壊された街とかも見てきた。思い出しても仕方がないことだけど……」

「……僕も、あの爆発は経験したよ、大きな壁が崩れるのを見た。それでこっちに来れたんだけどさ」

壁が……
かなり離れていて壁は上部が少し見えていただけだったが、それでも見えたということはかなり大きいのだろう、それが崩れるとは。

もし戦争も無くて、爆発も無かったら……あんな不幸は起きなかったのだろうか。
しかし、するとリーとは出会うことなく生活を続けるのかもしれない。それも嫌だな。

こんなに仲良くなった友達はリーがはじめてだった。昔は一人で本を読むくらいしかしていなかったから。

「あのさセナ、この機械だけどさ……」

落ち込んだ俺を見かねて暗い空気を変えようとしたのか、リーが機械を取り出した。

「そういえばリーが持ってきてたな……なあ、リーは機械とか好きなのか?」

「まあね。知らないものは気になるし、機械が動くのは面白い。どういう仕組みなのか……とかさ、まあこの機械は動かないけど……」

「そういうところまさに分かる。やっぱり気が合うな、俺たち」

リーは照れくさそうに笑った。

「俺さ、ずっと憧れてたんだ。男友達とこうやって語り合ったり冒険したりすることに。身近にそういう人がいなかったから」

そう言って笑いかければ、何故かリーは申し訳なさそうな顔をした。

「そう思ってくれるのはとても嬉しい……けれど、一つ修正させて欲しい。ごめん」

そう言うとリーは衝撃のカミングアウトをした。

「僕、女なんだ」

え?

思わず情けない声が出た。


衝撃のカミングアウトから一日経った。
一晩考えて落ち着いた。リーはリーだ、例え男でも女でも。

「セナ、僕のこと男だと思ってたんだ?」

そう言って面白そうに笑う。

「仕方ないだろ……多分リーに出会った人は皆、勘違いすると思う」

「だろうね。それでも僕はこの方がしっくりくる」

「なるほど」

「まあ改めて、これからもよろしく」

リーは伸びをして立ち上がると窓際に移動した。

「そろそろセナが昔住んでたエリアに移動しないか?君にとっては辛いことなんだろうけど」

「……」

何と言えば良いのか分からず、静かにリーの翼をもふる。

もうこのエリアに来てから数日は経っている、俺が何だかんだ理由を付けて留まっているだけだ。

食料だって限りがあるし、目的地まであと数日は掛かるだろう。そろそろ出発するべきだ。それでも中々決心がつかなかった。

改めて状況を確認すれば、今度こそ現実を受け止める必要がある。

もふもふしながら悶々と考える。そのときぷつりと音がして、羽が数枚抜けてしまった。

!!!リーごめん!は、羽が……!」

抜け落ちた羽を拾い集めながら、他にも何枚か落ちているのを見つけ青ざめた。

「ああ、大丈夫。今ちょうど換羽の時期なんだ、夏仕様に変わるところ」

「換羽……?鳥なら聞いたことがあるが……確かに天使族も鳥みたいなものだな?」

「そう。だからいつも以上に抜けやすいんだ。ちなみに毎日抜けてるけどさ」

そう言いながら、ぐいと羽を伸ばす。奇麗に揃った羽の一枚一枚が良く見える。

「鳥もこうやって羽を伸ばしたりするだろう?僕ら天使族は鳥とあんまり変わらないんだ」

ぱさぱさと羽を軽く動かした時、ひときわ大きい羽がふわりと抜けた。

「うわ……!これすごいのが抜けたぞ!」

「あ、ほんとだ。といっても天使族は見慣れてるんだけどね。この時期は大物もよく抜けるんだ、それ以上のもたまに見れるよ」

俺はそれを慎重に手のひらに載せた。ちょうど手首から中指の先くらいまでの長さがある。

「なあこれ貰ってもいいか?お守りにする」

「お守りに……?構わないけど」

俺はリュックから巾着を取り出して丁寧に羽をしまう。本音を言うと小さい羽も貰いたかったが、容量オーバーになりそうだったので泣く泣く断念した。

「その紫色の袋は何?」

「ああ、これは巾着。ばあちゃんが作ってくれた……形見なんだ。中に妹がくれた折り鶴を入れてずっとズボンのポケットに入れていたから、唯一持ってこれたんだ」

「形見のキンチャク……折り鶴は昔作ったことがあるよ。けど少し羨ましいな……僕にはそういうことしてくれる人がいなかったから」

そう呟くと悲しげな表情をする。不器用なリーなのに折り鶴作れたのか?と軽口を叩こうとして思いとどまった。

「……材料が手に入ったら俺が作ってあげるよ。ばあちゃんが教えてくれたから、結構作れるんだ」

教えてくれた時はなんで、と思っていたが今は心底感謝している。
”生きる上で役に立つから”と言っていたばあちゃんの言葉に嘘はなかった。

「ありがとう。僕のことを気にかけてくれるのセナと兄さんくらいしかいないよ」

「兄さん?」

「孤児院に居た時、優しくしてくれた年上の人。血は繋がってないけどさ」

「リーは孤児だったのか」

それに黙って頷くとリーは窓の桟に腰かけた。

「気を付けろよ。落ちるぞ」

そう忠告するとリーは大丈夫、とだけ返した。

「人間は良いと思う。天使族みたいに冷たくないし、技術はあるし」

「……人間にも冷たい奴はいるぞ?」

俺は小さい羽を載せていた手のひらをそっと開く。ふわりと羽が舞う。穏やかで美しいそれは昔本で読んだ人々が争う理由をなんとなく思い出させた。

「人間は翼を欲しがったらしい、人間は天使になりたかったんだ」

他から奪おうとした人間が良い存在だとは言えないと思う。

「天使族だって人間が羨ましかったんだ」

だから争いは終わらなかった。

リーは悲しげに笑った。

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