2-2-1
「セナや、あそこの子どもたちと遊んできなさいな。チトセはばあちゃんが面倒をみるからね」
ばあちゃんは俺に友達がいないのを気づかってくれる。
「ばあちゃん、俺は大丈夫!」
俺はチトセの手を握った。
「チトセ、お家に帰ったら絵本を読もう。何がいいか考えておいてよ、俺が音読してあげるから」
チトセはにっこり笑う。
「おにいちゃんのすきなごほんでいいよ」
「え、でもチトセには難しくないか?前読んだら途中で寝ちゃっただろ?」
「いいの!おにいちゃんといっしょがいい!チトセわかるもん」
チトセは繋いだ手をぶんぶん振る。
「分かった分かった、じゃあ一緒の本を読もう、今度は寝ないで最後まで聞けるかな?」
「うん!」
友達と遊んだりするのも憧れるけど、俺は家族といたいと思う。母さんは知らないし、父さんもいなくなっちゃった俺には妹とばあちゃんしかいない。
だから後悔しないように二人とはたくさんの時間を過ごしたい。
帰ってからチトセに本を読んだけどやっぱり途中で寝ちゃった。タオルケットを持ってきて俺も一緒に寝ることにした。一枚を二人で分けるからどうしても足りない、俺はかなりはみ出てて寒いけどそれでも良かった。
「ばあちゃん、チトセ、どうして……怪我が………」
留守番をしていた俺は帰ってきた二人を見て青ざめた。
「セナや、ばあちゃんたちは大丈夫。包帯を持ってきてくれるかい?」
急いで棚から包帯を持ってくる。それで処置をして、もう大丈夫だとばあちゃんは言ったけれど、心のざわめきが鎮まらなかった。
あれからもう何ヶ月も経つのに未だに傷が治らなくて、二人とも弱り始めてきた。
ある日チトセが寝たあと、ばあちゃんは俺だけ起こして話をした。
「セナ、大事な話だからきちんとお聞き。ばあちゃん達はね、多分……病気になったの」
あの日、ばあちゃんが野良犬に噛まれたのを見て、制止を聞かずにチトセがすかさず助けに入って──噛まれたんだと。
そして二人とも感染した。
「だからね、もうここには住めないのよ。引越しをしましょうね」
「ばあちゃん、びょ、病気になったって……引越しも、行って大丈夫なとこなの?」
ばあちゃんは静かに頷いた。もうこうするしか方法がないとでも言うように。
「セナは聞き分けのよい子だから、ばあちゃん信頼してますからね。これからも頑張って生きるのよ」
「……うん」
悲しげなばあちゃんを見ていられなかった。
「……あなた達にはいつも辛い思いをさせる、ごめんなさいね。せめて母親を見つけてあげられれば、と思うのだけれど……あの方と話すことが出来ずに別れてしまったからね」
ばあちゃんは父さんの知り合いだった、だからみなしごになった俺たちを引き取って育ててくれた。
「ううん、大丈夫だよ、ばあちゃん。どこに行ってもばあちゃんとチトセが居たら俺は大丈夫だから」
「お兄ちゃん、おばあちゃんは?元気なの?」
チトセがぼんやりと聞く。俺はそうだよ、と力なく返した。
「そっか。お兄ちゃん元気だして、私は大丈夫だから」
チトセはもう目が見えていない、多分聴力も落ちている。だから嘘を信じてくれた。
昨日ばあちゃんが死んだ。
私にはもう先がないから、と数少ない貴重な薬を全部チトセにあげていた。だから覚悟していた、していたはずだったのに。
最期は眠るように息を引き取れたのが唯一の救いだったかもしれない。
けれど突然の別れが耐え難かった、後を追いたい気持ちを留められたのはチトセがいるから、もう俺には妹のチトセしかいない。
「お兄ちゃん、おばあちゃんに私のこと気にしないでお薬飲んで、と伝えておいてね」
「……うん、わかった。伝えておくよ」
チトセはかすかに笑った。
運命はあとどれだけ俺から大切なものを奪ったら気が済むのだろう。
「チトセ、そんな…………」
「もういいんだよ、お兄ちゃん。ありがとう………」
俺の手を握っていたチトセの手から力が抜けていく。そうしてぱたりと腕を倒して、チトセはもう動かなくなった。
何が起きたのか分からなくなって、俺は呆然とした。最期まで完璧な嘘をつけただろうか、とぼんやり思う。
ばあちゃんが死んで十日後、とうとうチトセまでもが逝ってしまった。
薬も飲んでいたからまだ大丈夫だと思っていた、けれど数日前から容態が急変してそのまま。
二人ともいなくなってしまった。俺はひとりぼっちになったんだ。
冷静に考えて、急に何もかもがどうでもよくなって力なく笑う。
「いいんだ、もう。全て終わりにしよう………」
もう人生を続けずに終わらせる。そう決めて実行に移せないまま数日経った。
自分の弱さに情けなくなる。自責の念と絶望に押しつぶされて何も出来ずにただ部屋の隅でうずくまる。
「────……」
「!!」
不意に声が聞こえて思わず外に出た。
もちろん誰もいなかった、けれどチトセとばあちゃんの声が聞こえたような気がしたんだ。
ぼんやりと前を向いたら、綺麗な夕日が見えた。
夕焼け空を見ようと足を踏み出した時、信じられない大きさの振動が起こって、立てずに地面に倒れ込んだ。
「逃げろ!倒れるぞ!!」
誰かの叫び声がして、振り返れば建物が俺めがけて倒れてくるのが見えた。
そのまま必死に逃げて、もうあの場所には戻らなかった。
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